お侍様 小劇場

    “凪のころ” 〜島田一族 異聞 (お侍 番外編 63)

 


 当シリーズにて秘かにその存在と活動をお伝えしている、謎と実力での最強軍団・島田一族の係累は。宗家に血統が近ければ近いほど、その同じ姓名を名乗ることも許されぬままの秘密裏に、つきなみな言いようながら…北は北海道から南は九州、沖縄までという、全国津々浦々の、思わぬところに分散して存在しており。さすがにあまりに遠い末席の家系ともなれば、主家筋がそんな特殊な家柄であることも知らぬままにされてもいるが。宗家男系の血統者が当代に立つ“支家”と、外戚筆頭以下の“分家”といった主幹の一族の方々におかれましては。どのような歴史を持つ血統であるのか、どのようなお務めに従事している一族であるのかを、当代とその直系の次代一家までへと相伝されての脈々と、現今のこの時代まで 引き継ぎ・受け継ぎしてきた、ある意味 由緒正しき旧家といえて。

 『普通一般の家庭じゃあ、
  曾祖父以上遠い係累の名前や存在について、
  知らないまんまでも珍しくはないなんて、
  それこそ知りませなんだ。』

 あなたの常識、わたしには非常識…なんてことが、おなじ日本人同士でさえ たまにはあるとか言いますが、ここの家系のそれは格別。関わりを持つことを自覚している直系に間近い家々からは、体機能レベルでずば抜けた能力を保持する者らが多く輩出されており。すべての支家分家がそうであるとは限らぬが、厳しい特務に耐え得る様々な能力を鍛え上げられ、精神力へも相当な研磨が為された生え抜きの特務工作員が、特に苛酷だとも思わぬままに育成されているとかで。

 『当家の子供らは、
  毎日、学校までの10キロを、
  ○○分以内で通っております。』

 何も生活そのものを秘している訳じゃあないんですが、持ち家がそういう土地にあるもんでと、話の順番がまずは訝
(おか)しいということに 不審も不便も抱かず感じず。いやぁ、寝坊した日は大変ですよ? 人通りがある中を、◇◇◇とか▽▽▽とかって方法で翔るわけにも参りませんし。そうかと言って、普通の走り方じゃあ確実に遅刻ですしねぇ、あはははvv…と。どこのサバンナの自然児ですかというよな環境下で育っている子供もザラだとか。

 『ああ、△△様のお宅は、
  代々 足腰がずば抜けてる人が多く輩出されておりますものねぇ。』
 『そうか、そのような立地で育てば、基礎体力も練られておりましょう。』

 とはいえ。今のこの時代に於いては、実戦だけ抜きん出いても対抗し得ない事態は多く、公けにされぬものも含めるともはやSFとの一線も曖昧なほど進んだ数々の先進機器や、変動する世界情勢をリアルタイムで把握した上での情報戦などなどへ、柔軟に対応できる能力も重要と。ともすれば工学やIT関連の上級研究所員や、一流商社の情報局幹部に匹敵する人材という方向での育成も進められており。そちらの才能を認められた和子らは、島田の家の内情、随分と後になって知らされることも珍しくはないのだけれど。

  ―― 別段、恥じ入るところなど何処にもないお血筋ゆえに

 さすがに、名誉の死なぞを強要するような、意味のない無体はせぬが。それでも、各家における親から子へとの“意志”の伝達は、今のこの時代でも厳格に執り行われており。微妙に自由意志を尊重せぬでもないとしつつ、さりとて内情を知ってからの離反を許すのがなかなかに難しく。七郎次の母親がとったような、途轍もない逃亡でも図らぬ限り、宗家に近い血であるほど縁を切るのは難しいのも事実ではある。




      ◇◇◇


 そのような暗く悲しい逸話もなくはない、奇妙不思議で特殊な境遇の下に生まれ育つ一族の和子らではあるけれど。先にも述べたが、特に苛酷だという意識もないままの伸び伸びと、優れた技量を身につけて育つ子らが大半であり。主立った支家に支えることとなるのは誉れと、これまた疑うことのない事実として小さいころから見聞きする中で自然と吸収する価値観となっており。……もしかしてこれって巧みな“洗脳”かも?
(こらこら)

 “そんなことを言い出せば、ごくごく普通の躾も同じ。”

 理屈よりも先に“そういうもの”として叩き込むってですか? でも、島田さんチの場合、普通の家庭で植えつけられるのとは、内容が微妙に尋常じゃあないんでしょうが。箸の上げ下ろしと同じ感覚で、その箸をどう投げれば深々と突き立つか…なんてことも一緒に教えているに違いなく。場の空気を読みなさいという感覚で、見えない範囲までと広げた“周囲の気配”を広い上げる感覚も研ぎ澄まさせてるんじゃあありませんか?

 「そちらが、この秋からこちらに支えるという諏訪の者ですね。」

 ううう、流されてしまったですよ。
(苦笑) ……それはともかく。少々短かった奇妙な夏も、暦に合わせてその鳴りを潜めつつある、とある晩夏の昼下がり。今時の一般家屋にはもはや見られぬだろう、旅館や公民館の大広間のような三十畳敷きの座敷にて。恰幅のいい壮年、いやさ初老にかかろうかという年頃の男性が、同じくらいの年頃の客人と向かい合っての対面中。客人様の背後には、5人の青年らが畏まっての四角く座しており、このような古風な対面の儀への不慣れは無さそうな態でありながら、それでも…見る者が見れば、その身の固まりようも察せられ。ぎこちなくも緊張している様が伺えるのが何とも言えず微笑ましい。庭へと向いた縁側に連なる障子は、全面が開け放たれてあり。晩夏の陽の中、夏の間にその緑を深くした木々や茂みが、趣きよく配置されている庭は草いきれの香が清々しい。それらの向こうには、代々の古物を収めた古風な漆喰塗りの蔵が幾つか連なっており、木立の衝立にも隠され切れずに覗くのは濃鼠色の瓦屋根。分家や廃された家系から支家の所轄下へと配属される、新参の者らの赴任の挨拶にあたる“面通し”の場だというに。その新参のうちの一人が…庭の向こう、木立のほうへとよそ見をしていると気づいた侍従頭の篠宮氏。おやと思いつつ、

 「…これ、そこの者。何へと見とれておりますか。」
 「っ☆ あっ、や、すすす、すみませんっ!」

 切れ長の目許を軽く眇め、目通りの最中ですぞと声を掛けると、さすがに慌てて居住まい正すのへ。残りの者らが苦笑をこぼし、引率者は“またか”と言いたげなしょっぱそうなお顔になった。どうやらその青年、微妙に問題児であったらしく、だが、こうして実務への赴任にまで漕ぎ着けているのだから、それなりの技量ではあるのだろう。殊に この木曽の支家は、駿河の宗家や西の総代にあたる須磨に次いで、実務への割り振りも多い“主軸”であるがゆえ。精鋭ばかりが優先して送り込まれている“支部”でもあって、

 “まま、この土地自体は長閑であるが。”

 平野平地よりも春の訪のいが遅く、その分 秋の来るのが早い土地。高峻な尾根を望み、そこから連なる地脈のものか、土地に染み渡った自然の精気も濃密な。山野辺から深く分け行った先の、小さな小さな里の一角へ。まるで小さめの出城のように荘厳な趣きで、古色蒼然、人でいうなら矍鑠とした、いかにも古風な拵えの武家屋敷が、それもまた険しい山野の一部のように雄然とうずくまっており。かつては島田一門の東の総代を、最も長く務めていた“御大”殿が、長らく惣領であった木曽の支家。今現在は、亡くなられた先代の孫、久蔵殿が次代として後継の座にあるものの。まだ未成年で、しかも…実の両親が早くに亡くなり、それからのずっとをこの山深いところにて過ごした弊害。世間というもの、全くの何も知らない身だということだったので。こちらの一族の内情をまるきり知らぬ遠縁の存在が、何を勘違いしたか…恐らく財産目当てに後見になろうと申し出て来たのを振り切るついで。そちらも東京に出ておいでの宗家総領、勘兵衛様の傍らにての都会住まいをし、最低限の世間一般の生活や“常識”というもの、その身へ染ませた方がよかろうと。ただ今現在は、実家を離れてお過ごしで。

 「その久蔵様と勘兵衛様とが初めての対峙、
  まだ5つになられたばかりの身で、
  ここを蹴破って飛び出しておいでになられたのでしょう?」

 そうまでお小さいころから既に、天才剣士の片鱗を見せていた伝説の剣豪。いくら次代様だとはいえ、支家分家に実務担当として配置されてもない、まだまだ“見習い”扱いな未成年という年頃であるにもかかわらず。全国の一族郎党、随分な末席の者らへまで、その名と様々な武勇伝が行き渡っている存在であり。とはいえ、

 「……そこに“隠し”があること、何故に存じておる。」

 同じ島田一族の者であれ、宗家以外はその姓を違
(たが)えているほどに、近しい間柄だということも出来る限りは秘しており。上の者でもない限り、そうそう自在に行き来もしないし、よって支家の内部なぞ極秘事項に準ずる情報…な筈だってのに。先程 庭の向こうへと注意を逸らしていた青年が、いつの間にやら 広間の一角、上座に間近い壁へといざり寄り、一見すると単なる板壁にしか見えない辺りへ手のひら伏せて、いたわるように撫でている。もう面談は済んでおり、こちら様の人事担当、侍従頭の篠宮様も退席なさっているものの、じきに新参担当の方がお見えになる筈。何を勝手にごそごそしておるかと、いつの間にか壁際へ擦り寄っていた問題児さんを窘めた引率者様だったが、

 「先生、無駄ですよ。」
 「そいつの久蔵様フリークっぷりは半端ではありません。」
 「そうそう。こちらへの配属が決まってからというもの、
  元から落ち着きのない奴だったものが、
  ますますのこと挙動不審になってしまって。」

 呆れを通り越して愉快ですらあるものか、同行して来た同期生らまでが緊張感をほどかれてのこと、クスクスという失笑こぼしてしまうほど。そして、

 「そうなのだったよな。」

 こうなることは、引率の方にしても重々と予測しておいでではあったらしく。

 “そういう相性、性分の輩であること、
  宗家の統括の方やこちら様へもお伝えしておいたんだがな。”

 このように落ち尽きなくなる弊害が出ること、決してよいこととは思えないからと。その点をご留意してほしいとの添書きを、必要書類や報告書へ片っ端から添付したにもかかわらずのこの結果。この彼が落ち着きなくす対象ご当人が不在だから問題無しと解釈されたか、逆に…下々の一青年、どこに配したって同じことという対処なのか。だが、そうであるならそうで、その唯一の難点以外では、そりゃあ向上心があっての伸び盛り、先が楽しみな青年でもあることが伝わり切ってないのが微妙に不憫。そんな教官殿の胸中も知らないで、

 「そういえば、さっきはどうして外へなど見とれていたのだ?」
 「そうだそうだ。この広間にこそ、久蔵様の痕跡ありだったのだろに。」
 「何だお前ら知らぬのか?
  久蔵様はずんとお小さいご幼少のころ、
  あの蔵の屋根の上を遊び場にしておいでだったそうなのだ。」
 「馬鹿な。」
 「今時の倉庫と違って、手掛かり足掛かりがほとんど無いのだぞ?」

 問題児さんの砕けっぷりに絆されたか、残りの面々までもが緊張感を緩めてしまい、そんな会話を始める始末。さすがに大時代の戦国武将配下となるわけではないけれど、それならそれで…どこぞかの企業や大権門への配属のご挨拶にと伺っている身。気さくな言葉を交わす彼らへ、んんんっとわざとらしい咳払いをして見せての居住まいを正させ、こういうのが今時というものかと内心で溜息をこぼしかかった教官殿の視野の中、

 「…………あ。」

 いっけねと慌てて元いた位置へ駆け戻り、正座しかけた問題児の青年が。だが、そんな動作を途中で凍りつかせてしまい、何だどうしたと周囲が怪訝そうに眉を寄せておれば、

 「きゅ、久蔵様っ!?」

  はい?

 今 何か言いましたかと。そこに居合わせた全員が聞き返したときにはもう既に、一見、高校生の夏服のようないで立ち、白地の開襟シャツに濃色のスラックスという、地味な衣装に身を包んだ青年の姿が一人分、座敷の中から消えていた。

 「……は、速い。」
 「久蔵様に憧れてのこと、
  瞬発力と反射にかけては鍛練の鬼だったからなぁ、イブキの奴。」

 そうですか、イブキさんというのですか、あの問題児さんは。して、その彼は、一体 何処へ?




        ◇



 こちらの支家に限った話じゃあなく、島田一族の次世代を統括する宗家惣領の座も彼が継ぐのではないかと、もはや確定事項のように目されている最有力な注目株。どこか覚束ぬ人柄が微妙に危なっかしいと見なすお歴々もおいでじゃああるが、奇矯なというほど歪んでいるワケでなし。まだまだお若いが故の蓄積不足なだけ、先が楽しみとおおむね好感触な評価を得てもおいでの、

 「久蔵様。」

 若木のようなとはよく言ったもの。しっかと張った背条を窮屈な堅さに見せぬ、柔軟性と強かさを同居させていること偲ばせるしなやかな肢体を、周囲を彩る瑞々しい緑にすんなりと馴染ませたうら若き青年が、家人の掛けた声へと振り返る。日頃は不在の次期お館様だが、今日は節季の引き継ぎや何やがあってのこと、実家にお戻りになっていたらしく。カナリアの羽根を思わす淡色の金髪やそれとの境が曖昧になるほど白い額や頬にのった表情の、何とも玲瓏透徹で、だのに十分麗しゅうあられることか。寡黙で表情も乏しい御方なれど、だのにもかかわらず、見た者を皆 惹きつけるだけの繊細な美貌は相変わらず。冴えて澄んだ眼差しは、言葉少ななればこその威容をともなっての様々に、突きつけられた相手へ思わずのこと…自分は何か何処か間違っているのだろうかとかいう、自問自答をさせてしまうほどだそうで。

 “ご当人はそんな思惑なんて、全くお持ちじゃあないのですが。”

 だって言うのに、心に疚しいところがある者へ“ご、ごめんなさいっ”と自戒させまくった伝説も数知れずというから、どこぞかの怪しい宗教の教祖様も顔負けである。
(苦笑) そんな綺麗すぎる風貌も、長年接していれば多少は慣れる。先代にも仕えていた執事頭の高階氏もまた、彼がここへと引き取られた幼少時からのお付き合いとあって。小さいころからやっぱり口数少なかった坊ちゃまの、うるうると大きな瞳もそりゃあ愛くるしかったころから今現在までという長くてゆるやかな変遷を御存知であればこそ、大きくなられて立派になられてという感慨の方が勝るものなんだろう。無言のまま じっとの凝視を向けられても、当然のことながら今更どぎまぎするでなく。実直な青年がそのまま壮年になりましたという、誠実そうな、それでいて主人以外へはどこか頑迷そうな節もなくはなさそな、渋味の増したる貌を向け、

 「ここへ新しく赴任するものが何人か、広間のほうへ参っております。」
 「…。(頷)」

 今はまだ、次代のしかも“候補”という扱いの身。進行中の実務があっても、そのあれこれに関する詳細までは知らされぬ。ごくごく普通の一学生としての行動へ、余計な負担なり制限なりを及ぼさぬようにという、これも彼の身分を守るための計らいであり。とはいえ、

 「本日参っておりますは、諏訪からの5人。」

 支家分家の成り立ちや関わり合いなどなど、一部の重鎮にしか伝えられぬレベルの事情までその周知を届かされている身ではあり。ほんの先代、しかもまだまだ若かった身の総領が亡くなったことから、後継者が途絶えたこととなっている“諏訪”の支家は、その時点で仕えていた面々とその家人らを他の支家へと整理してすっかりと消失したこととなっていたが、

 「…。」
 「ええ。甲斐や磐城、陸前などの支家分家の当主様方には、
  七郎次様を何故立てぬかと仰せのお声も絶えませず。」

 諏訪の支家の復興をという動きがあってのこと、管轄下にあった家系の、だが当時はまだまだ幼かったはずの和子らへ“諏訪の”と名乗らせ、育成している一派があって。その生死が不明なままだった七郎次が、亡くなっているならともかく、もしも生きていればとの望みをつないでの処置だったもの。だが、見つかった七郎次は先をどうするかと当人へ問うにはまだ幼くて。ならば、先行きを断じることが出来るまでと、その基礎を存続させていた結果が、名前だけ居残っている“諏訪”という現状。

 「…。」

 ほのかに眉を震わせ、口許を堅くした久蔵なのへ、

 「はい。七郎次様はもはや諏訪の復興は考えておいででなしと、
  我らには そのようにという勘兵衛様からの示唆も届いておりまするが。」

 それでも、という、聞き分けられないお年寄りの皆様のなされようでございますれば。我らとしては…送られてくる和子らに何の含みもないことを暗黙の条件に、当分は見て見ぬふりを続けるより他になく、と。同じ“島田”の一族の中にも様々な想いや思惑のあることを、さりげない形で告げてくれる、頼もしき隋臣頭殿。この先、勘兵衛の跡を継ぐかどうかはともかくとして、木曽を背負う身になればなったで、不慣れな融通とやら…例えば支家間での勢力均衡とそのささやかな諍いなどなどに、振り回されることも少なからずあろうけれど、

 「……。」
 「は。勿体のうございます。」

 頼もしい右腕殿、どうかいつまでも支えておくれと言いたげに、やんわりたわめられた寡黙な次代様の眼差しを、そうと読めてしまえるところが高階さんも半端じゃあない。まだまだ残暑の蒸し暑さの居残る中庭で、そんなこんなと言葉を交わしておいでの(?)主従であったが、

 「…っ。」

 はっとし、瞬時に意識を張り詰めさせる立ち上げの素早さは、さすが、島田の東を預かる総代一門の長…ではあったが、

 「…あ、あのっ、久蔵様ですねっ。」

 がさがさ・がさりと茂みを掻き分けつつという、そりゃあもうもう大きな物音立てての接近を仕掛けて来た人物とあって。怪しいっちゃ怪しいが、物騒な方面での“刺客”だ何だでは到底なさそうな気配であり。

 「お主、見ない顔だが何者だ。」

 寡黙な当主の意志が、このように唐突な乱入者に伝わるとも思えなくての緊急避難。僭越ながらと高階殿が、誰何の声を掛けたれば。半袖シャツの袖やら襟やらに、強引に押し通って来たらしき茂みの木っ葉をまとわしたままな青年は、
「本日づけで諏訪からこちらへの着任となりました、太東イブキと申します。」
 しゃきしゃきという歯切れのいい態度口調でそうと言い、背条もピンと延ばすところがいかにも新参生であることを偲ばせる。学校や会社ではないけれど、表向きの此処での“奉公”はそのまま、島田一族に籍を置き、その苛酷な任をこなすことに通じてもおり。とはいえ、

 「???」

 そういう立場の者なれば、少なからず緊張しているのがセオリーなのに。この若いのの放つ、溌剌とした、ある意味“浮かれよう”に通じていそうな雰囲気はどういうことか。同じくらいか、いやいやどうかすると年下の久蔵へ、だというに畏敬の眼差し向けるのは特に不審なことじゃあないが、この青年の放つ雰囲気はどちらかというと、

 「すいませんっ、あのあの、写メ撮ってもいいっすか?」
 「…?」
 「な…っ☆」

 言いつつ既に携帯電話を取り出し掛けている青年へ。高校生当主の久蔵は、純粋に意味が判らなかったらしい“?”をその表情の上へと浮かべ、一方の高階殿は…何と大胆な不埒者かと二の句が告げなくなってしまい、

 「俺、ミーハーじゃありませんから、
  あのあの、誰にも見せません、約束しますっ。」

 ただ、久蔵様のお写真は、なかなか観る…じゃない拝見する機会もなけりゃあ手になど入りようもなく、と。不慣れな敬語を操っての切々と訴える青年へ、
「当たり前だ、各支家のご当主は原則としてお姿を頒布しはせぬ。」
「……。」
「あ、いえいえ、ご近所の方とお撮りのものへまでの制限はありませぬ。」
「そんなの不公平っす!」
 俺、お守りにしたいだけですよう。こないだの高校総体にも実は伺いましたのに、そこでもなかなかお写真は撮れなくて…と、

 “何処の誰がミーハ−じゃないって?”

 高階さんでなくともツッコミを入れたくなるよな言いようをしつつ、取り出した携帯電話をぱかりと開いた新米くん。その液晶部分へと、収蔵してある画像を呼び出して見せたのへ、

 「……………、…っ。」

 不意に。次代様の紅の双眸がはたと見開かれ、

 「…。」
 「はい? どどど、どうされました?//////」

 表情はさして変わらぬままながら、それでも長年の寡黙が育んだ、これもある種の“眸ぢから”というものか。そのままじ〜っと、その視線を自分へと向けてくる久蔵様だとあって、どひゃあと一気に赤くなった若いのへ。何を勘違いしとるのだかと、こちらは既に意を酌んでいるがためのこと、ごほん・ごほごほとわざとらしい咳払いを聞かせた隋臣頭殿が代約して下さったのが、

 「どうしてそなた、その男性の姿をばかり収めておるのか、と。」
 「え? 男性…? えっと、あ・この人ですか?」

 自分の携帯だからと、遠慮もなしの指さして見せたところが、

 「…っ。」
 「えっ?えっ?」
 「ああ、その何だ。人を指さすのは非礼だと仰せだ。」

 それがたとえ、携帯機能の写メという小さな液晶画面の中であれ。崇拝さえしているお人、大好きなおっ母様こと七郎次さんの、肩越しに微笑っておいでなお顔へとあらば。不躾けな扱いは許さんぞと、ここまでは“よきに計らえ”だったのが、一気に感情をあらわにもするというものならしく。直接逢うのは初めてという相手へ、不穏な空気を孕んだことをば こうまで速やかに悟らせるほどとは、どんだけムカッと来たのかも偲ばれる。それはともかく、


  それがですね、久蔵様のお姿を収めたいと、
  観客席から降りてっての近寄って撮ろうとすると、
  このお人がどういうものか はみ出して来たり飛び出して来たりして。
  しまいには、お連れらしい壮年の男性までが、
  視野を遮る位置にとばかり、頭や背中を入れて来られるものだから。


 「それでとうとう、頭の先とか道着の裾とかしか写ってないって結果に…。」

 何とも残念そうに言いつのる若いのだったが、そんな彼の手からひょいと取り上げられた携帯は、

 「〜〜っ。」
 「え? あっ☆」

 憧れの次代様の手にかかり、宙を舞っての次の瞬間にはもう。どこに隠し持っておいでだったか、脇差だろう得物によって、見事にすぱりと一刀両断されていて。

 「な、何されますか〜〜〜。」

 一応お断りしたし、何よりもまだ撮ってもないのにぃと。強引な仕打ちへ非難のお声をついつい上げてしまった青年だったが、
「…。」
 冷淡そうだと解釈されやすい風貌で、実はあんまり無体は働かない久蔵だったからこそ、この程度で済んだ仕置きだったのであり。

 “まだ十代そこそこだろうに、何で七郎次様に気づかなんだかねぇ。”

 年端のゆかぬ和子らたちから、聖母様のように慕われておいでのお人だというに。しかも、諏訪の和子との教育を受けて来た子なら尚のこと、先々でもしかしたらば仕える人となるやもしれぬ対象だのに。しかもしかも、その傍らにとんでもない同伴者もあったというに、それでも気がつけぬものだろかと。この青年の集中力の偏りようへこそ呆れつつ、
「……。」
 きっぱりと背を向け、さっさと立ち去った次代様に代わって。やはり高階殿からの、次代様が今現在 何を誰を最も大切にしているものかと、それと…これは何で知らない彼なのやら、間違っても非礼を働かぬよう、何となれば身を賭してもお護りするようにと、彼の姿だけは一族内にも例外的に知れ渡っているはずの、我らの惣領にあたるお人、島田勘兵衛様のポートレイトを特別に見せてやったそうであり。


  「……え? えええ〜〜〜〜〜っっっ!!!」


 こうまで暢気で平和なら、島田一族の明日は きっと明るいぞ。………多分。






  〜Fine〜  09.08.25.〜08.29.


  *高階さんを書くときに、ついつい思い浮かべるのは、
   奥州の覇者の右目様だったりします。
(苦笑)
   じゃあ久蔵さんは独眼龍なのねvv
   岩下志麻さんが母上の。(古い…っていうか、そっちかい・笑)


  *先のお話があんなのの後がこれってのもどうかと思ったのですが、
(苦笑)
   これもまた、奇しくもといいますか、
   時期を相前後して数人の方からいただいてたお話が、

  『島田一族の中に
   おっ母様に横恋慕しているような
   不届き者はいないのでしょうか?』

   …というものでして。
   そんなにそんなに波風立たせたいのか、皆さん。
(大笑)

   シチさんへ憧れてる子や大好きだという子は、
   言われるまでもなくの多かろからと、
   微妙に方向性を変えてみました。
(苦笑)
   シチさんフリークをいちいち成敗していたらキリがありませんし、
   そんなことしたらシチさんが悲しむと、
   そのくらいの道理は判ってる次男坊ですので。
   一番の大敵を相手にするための、同盟結ぶことこそあれ、
   揉めたりなんぞ、いたしませんて。

   「…久蔵、その知恵は誰に吹き込まれた。」
   「? 征樹。」

   ほほぉ。
(苦笑)



  *……………で。
   こういう役どころに使いやすい勝四郎くんは(失敬な・笑)、
   既に似たような立場で久蔵殿の後輩として出ておりますので、
   そこでと言っちゃあなんですが、
   初めていじらせていただくゲームキャラ、
   噂のイブキさんを引っ張り出して来てしまいました。
   よく知りもせんとと、
   道化にしたことお怒りになられる方もお在りでしょうね。
   平にご容赦お願い致します。
   あああ、しばらくおっ母様に逢ってないので私が寂しい〜〜〜。

 めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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